2019年 工房通信


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種蒔き桜奇譚
「花の形見」に寄せて

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 我国で古くから春を告げる花木として里山の風景を彩ってきたヤマザクラ・ヒガンザクラ・シダレザクラなどの在来種から、改良種のソメイヨシノまで桜はいまや日本を代表する花として世界的に親しまれている植物である。  私の住む宮城県加美町にも、町の天然記念物に指定されているヒガンザクラの名木がある。地元では「月崎の種蒔き桜」と呼ばれ、かつては一年の農事の開始を告げる大切な桜として、今日まで地域の人々の暮らしに寄り添ってきた古木だ。  その縁起は古く、中世・鎌倉期まで遡り、いまはその時代の城(舘)跡となっている場所にあって、樹齢は四〇〇年とも七〇〇年とも伝えられていると聞く。折しも、二〇一九年二月の里に積もった春の大雪の雪害で、この古木の水平に張り出した太い枝の部分が、枝を支えていた支柱ごと折れ、結果としてそのひと月後桜の老樹を保護するために、損傷した枝の一部はやむなく伐採されることになった。同じ頃、私の工房では「ニッポンの里山」というNHKの自然科学番組の制作スタッフが、私のライフワークでもある桜の染織の仕事を収録するために数ヶ月に及ぶ取材撮影を行なっていたのだが、当時の番組プロデューサー・小野泰洋氏から「本来ならばあと僅か数週間で咲いていたであろうあの種蒔き桜の花々の色形見として、今回の折れた枝から花色を染めることが出来ないものか?」というご相談を受けた。かくして、樹齢四〇〇年超といわれる古木の桜染めが実現したのである。

 奇しくも数年前、私の父方の祖先が、この種蒔き桜のある中世の城の一族の縁者であったことを知る機会を得、つくづくこのたびの桜の古木の物語を世に伝える、語りべとなった身の上の不思議を想うのだ。

 さまざまな偶然と縁が重なり、巡り巡って私がこの桜の古木の花の色形見を染める千載一隅の事象に向き合うことになろうとは夢想だにしなかったことである。

 この地で中世から現代に至るまでの長い歴史を生き抜いてきた桜の生命に触れ、その色を愛でたいと思う。

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染織家 笠原博司   
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天然の染料を主体に、染めと織りの手仕事で、趣味の着物や帯、服地から小物まで、制作いたします。